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名古屋高等裁判所 昭和64年(行コ)1号 判決

控訴人

名古屋市

右代表者市長

西尾武喜

右訴訟代理人弁護士

鈴木匡

大場民男

右訴訟復代理人弁護士

吉田徹

鈴木雅雄

中村貴之

被控訴人

中村つや子

右訴訟代理人弁護士

渥美裕資

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正―控訴人の当審における主張により訂正されたもの)

一  原判決一五枚目表七行目の「名古屋市」から同裏六行目末尾までを「市教委が本務欠員補充教員を任用する期間は六か月であり、これについては被控訴人を含む本務欠員補充教員は承諾書を提出している。そして、市教委は、任用を更新するかどうかについては、前記のとおり、校長から受けた当該教員の教員としての適確性についての報告等に基づいてその是非を判断したうえ、決定しているところである。」に改める。

(双方の当審における主張の補充)

一  控訴人

1  市教委は、昭和六一年三月二五日付けで本務欠員補充のための教員の任用形式について臨時的任用から地公法一七条一項による期限付任用へと切り替えたが、これは、同時期に行われた愛知県教育委員会による臨時的任用職員に関する改正により右職員が退職手当ての支給等給与・福利厚生上不利な扱いを受けるおそれが生じたので、これを防ぐための配慮からなされたものに過ぎない。

2  被控訴人の後記二12の主張は争う。公務員の任用という行政行為は私人の意思(任用に対する期待)によって左右されるべき事柄ではない。このことは、被控訴人の主張が正しいものとすれば、法律上認められている六か月の臨時的任用制度が、拘束的な任用更新により実質的には一年の期限付任用制度に転換するという不当な結論を招来することからも明らかである。また、教育の連続性・一貫性とは、特定の教員が一年間特定の生徒の教育に当たることによって実現されるものではなく、担当教員が代わっても学習指導要領に基づく教育過程により一定水準の教育が連続性・一貫性をもって行われることを意味するものである。

二  被控訴人

1  臨時的任用を例外的なものと限定した公務員法は、公務員(教員)について恣意的な人事からの身分保証を確保することをその目的としているものであり、教員採用については、本務採用の原則が貫かれなければならず、毎年大量に採用され一年を通しての職務内容を担当する本務欠員補充教員に対して極めて不透明な(恣意的な)「再任用」という首切りの機会を持つことが法の趣旨に反することは明らかであり、このような点も、被控訴人の更新に対する期待が法的保護の対象となる根拠の一つになるというべきである。

2  市教委が任用更新をなすに当たって一定の裁量権を有するとしても、それは極めて強い制約の下においてである。即ち、教育の連続性・一貫性からすると、少なくとも一年間は臨時的任用は続けられるべきであり、本来一年単位で任用すべきものを政策的理由から半年を単位として行われているだけのことであるから、「更新」に格別の意味は乏しく、当然更新が原則であり、「更新拒否」をするには、解雇に準じた正当理由を必要とするというべきである。また、以上の事情に鑑みると、被控訴人の主張する期待権の内容は、当該公務員の総合成績が不良であることなどの特段の事情のない限り再任用ないし期間延長される、というものである。そして、被控訴人に右にいう特段の事情の存しないことは明らかである。

3  控訴人の主張する被控訴人についての本件任用更新拒否の理由(被控訴人の生徒に対する指導の不熱心さ及び他の職員との協調性の欠如)は、すべて事実と異なる。被控訴人は、生徒指導については、学年会の話し合いにも参加するなど熱心に実行してきているうえ、授業も生徒の側に立って分かり易く進めているし、また、殊更他の職員と協調性を欠く言動を採ったこともない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1項(被控訴人の地位、即ち、被控訴人は、昭和六〇年四月二日、本務欠員補充のための教員として名古屋市教育委員会(市教委)により任期を同年九月三〇日までとする本件臨時的任用を受けて菊井中講師に補職され、同校の教員として勤務したこと。)及び同2項(本件任用更新拒否の事実、即ち、市教委は、同年九月二日、被控訴人に対し、同月三〇日で任期が満了する被控訴人の任用を更新しない旨告知し、同年一〇月一日以降の継続任用の意思表示をしなかったこと。)は、当事者間に争いがない。

二  本件任用更新拒否の違法性(請求原因3項)について

1  同項(一)(被控訴人の任用歴、即ち、被控訴人は、昭和五三年四月七日に任期を同年八月三〇日までとして名古屋市公立学校教員に任命されて同市内の中学校講師に補職されたのを初めとして、本件臨時的任用までの間、一時、産休、育休、病気休職の代替のための臨時的任用を受け、あるいは依願退職をしたこともあったが、任用形式としては新たな臨時的任用の場合と臨時的任用の更新の場合とを含めて、本務欠員補充教員としての臨時的任用を繰り返してきたこと。)は、当事者間に争いがない。

2  (証拠略)によれば、次の事実が認められる。

(一)  市教委は、定期人事異動による転出等により、公立義務教育諸学校の学級編成及び教員の定数の標準に関する法律に基づいて定められた教員数の不足する学校が生じた場合、地方公務員法(地公法)二二条二項所定の「臨時の職に関する場合」及び職員の任用に関する規則(昭和三三年二月一一日人事委員会規則第一号。任用規則)三九条二号所定の「当該職が臨時的任用を行う日から一年以内に廃止されることが予想される臨時のものである場合」に該当するとして、人事委員会の承認を得て(なお、教育職員については右規則三九条本文、同規則実施細目(昭和三三年四月一日発人委第二号)第一二、4項により六か月以内の範囲で承認があったものとみなされる。)、右不足を補充する教員を本務欠員補充教員として臨時的任用の形式で任用していた。右任用に当たって、任命権者である市教委は、市教委に登録された教諭普通免許状を有する臨時的任用候補者の中から担当教科、通勤時間等を勘案して適当な人物を欠員を生じた当該学校に紹介し、同校の校長がこれに面接してその教員としての適性等を考慮のうえ、任用の適否について判断し、任用すべしとの内申を市教委に提出した場合にのみ、市教委は、右候補者を六か月弱の期間(例年四月初めから同年九月三〇日まで)で臨時的任用をし、その際、任用された者に対し、右の任用期間について承諾する旨及び右任用期間内であっても学校運営上の必要のために解任されることに異存のない旨を記載した承諾書に署名・押印させ、これの提出を受けていた。

(二)  本務欠員が生じる理由としては、年度当初における児童・生徒数の見込みの誤差、定年以外の事由による退職者数を把握することの困難性等もあるが、控訴人においては、公立学校の児童・生徒数が小学校においては昭和五五年、中学校においては昭和六二年を境にして減少傾向にあることから、本務欠員見込み数を全部新規採用(教員採用選考による任期が無期限の正式採用)によって補充すると将来的に過員の状況が発生することが明らかであったため、このような事態の発生を避けて人事構成の適正化を図るべく、新規採用者数を当面の必要数より少なめに抑える政策を採っていたことが、その主たるものである。

(三)  本務欠員補充教員任用の法的根拠が地公法二二条二項であって任用期間が六月を越えないこととされていたところから、その期間は前記のとおり例年九月三〇日までの六か月弱であったが、同項では更に、人事委員会の承認を得て、六か月をこえない期間で一回に限って任用の更新をすることができる旨規定されており、通常の場合、市教委は、任用期間を六か月更新して翌年三月三一日までとするのが殆どであり、例えば、控訴人における昭和五五年度の本務欠員補充教員一二四名のうち更新された者は一二一名、同じく昭和五六年度は一六九名のうち一六七名、昭和五七年度は二五七名のうち二五五名、昭和五八年度は二一二名のうち二〇六名、昭和五九年度は二九四名のうち二九一名、昭和六〇年度は二二三名のうち二二二名(不更新者は被控訴人一人)である。そして、更新されなかった者の殆どは自己の都合により更新を希望しなかったものであり、その意思に反して任命権者の判断により更新されなかったのは被控訴人だけであった。

(四)  本務欠員補充教員は、勤務校において教科指導、クラブ・特別教育活動、校務分掌等、本務の教員と同様の職務を担当するものであり、被控訴人も、菊井中において、教科としては国語を担当して二年生の四クラス計二〇時間を受け持ち、クラブ活動(時間内)としては被控訴人が同中学校で新たに始めた篆刻クラブを指導し、学年関係では二年生A、Bクラスの副主任、校務分掌ではベルマークと取得物の係を担当(右被控訴人の職務内容については、当事者間に争いがない。)するなど、本務教員と同様の職務に携わった。そして、これらの職務は、学校教育が年度単位に運営され、一年間の学校経営計画のもとに遂行されることが原則的なものとされていたところから、同中学校の一年間の計画の中に組み込まれていたものである。

(五)  被控訴人は、前記のとおり、本務欠員補充教員として臨時的任用を繰り返し受け、昭和五八年度と昭和五九年度は四月二日に同日から九月三〇日までの期間による臨時的任用、一〇月一日から翌年三月三一日までの期間で更新という任用形式を繰り返してきたことなどから、昭和六〇年度の本件臨時的任用についても更新されるものとの期待を抱いてはいたが、右の任用に際しても、従前の場合と同様に期間を六か月とする任用辞令を交付され、かつ、右任用期間を承諾しその期間内であっても学校運営上の必要によっては解任されることに異存ない旨の前記承諾書に署名・押印していた。

(六)  なお、それまで、公立学校共済組合の加入資格は、「一の辞令による任用期間に係る組合期間が一二月を有する者」とされていたが、被控訴人を含め本務欠員補充教員は当初から特例的な扱いとしてその組合員資格を認められていた(本務欠員補充教員が当初から右の組合員資格を認められていたことは、当事者間に争いがない。)し、また、退職手当も本務欠員補充教員に支給されていた。ところが、愛知県教育委員会が、公立学校の臨時的任用職員を昭和六一年度から社会保険及び雇用保険に加入させることとしたことに伴い、同年四月一日施行に係るこれら職員の退職手当に関する条例の改正及び公立学校の臨時的職員の給与、勤務時間等取扱要綱を制定したが、これによると、臨時的任用職員は、退職手当の支給も受けられないこととなった。そして、右要綱の制定施行を受けた市教委は、右同日施行に係る「県費負担教職員の臨時的任用取扱要綱」及び「県費負担教員の期限付任用取扱要綱」を制定し、昭和六一年四月一日から本務欠員補充教員の任用形式を、従来の地公法二二条二項の規定に基づく臨時的任用によるものから同法一七条一項の規定に基づく期限付任用によるものに変更することとした(右任用形式変更の事実は当事者間に争いがない。なお、これにより、本務欠員補充教員の任用期間は、地公法二二条二項による制限がなくなったことから一年間とされることとなった。)が、これは、前記愛知県教育委員会による臨時的任用職員に関する要綱の制定等によって本務欠員補充教員が退職手当の支給等給与・福利厚生上、従来の取扱に比して不利な扱いを受けることのないようにとの配慮もあってなされたものであった。

また、控訴人においては、本務欠員補充教員について「期限付講師」との名称が使用されたこともあったが、一般的な扱いではなかった。

3  被控訴人は、本件の事実関係のもとにおいては、本件臨時的任用の更新に対する被控訴人の期待は、法的保護の対象たる権利ないし利益というべきであり、市教委は、ことさら右の更新をしなかったものであるから、本件任用更新拒否は全体として違法と評価せざるをえず、控訴人は、被控訴人の右期待権又は期待的利益を侵害したことによる損害を賠償する義務がある旨主張する。

ところで、本務欠員補充教員の職務の性質に徴すると、右教員の職を前記地公法二二条二項所定の「臨時の職に関する場合」及び任用規則三九条二号所定の「当該職が臨時的任用を行う日から一年以内に廃止されることが予想される臨時のものである場合」に該当すると見ることには疑問がないとは言えず、控訴人において、相当数を擁する本務欠員補充教員の採用のすべてを地公法二二条二項に基づく臨時的任用の形式によって行ってきたことには、先に見た本務欠員補充教員の職務内容、学校教育における地位・役割及び右任用形式を採用した理由等に鑑みると、幾分無理のあったことは否定できないところである。そして、右に見た被控訴人の臨時的任用に関する従前からの経緯等に照らすと、被控訴人において、本件臨時的任用についても更新が行われるものと期待したこと自体にもそれなりの理由があったと言えなくはない。

しかしながら、そもそも本件臨時的任用は、前記のとおり、地公法二二条二項に基づき期間を六か月と定めて行われたものであるから、右期間の満了により被控訴人の臨時的任用職員としての地位は当然に失われるものであり、また、一回に限って認められている更新もまた臨時的任用にほかならないから、当該職員である被控訴人の側から更新を求める権利はなく、任命権者に更新すべき義務を認めることもできない。したがって、被控訴人が、従前の経緯等から本件臨時的任用に際して更新がなされるものと期待していたとしても、それは単なる希望的観測とでもいうべきものに過ぎず、法的に保護された権利又は利益とは認められない。被控訴人は、本件臨時的任用に際しての控訴人、市教委側の対応も更新に対する被控訴人の期待が法的保護の対象となる根拠である旨主張し、原審における被控訴人本人の供述中には右主張に沿う部分(承諾書の期限欄には一応半年ということで九月三〇日までと書いてもらうが、一年間になると思う旨の説明を受けた旨)があるが、右供述のみで主張のとおりの事実を認めることは困難であるのみならず、たとい右供述どおりであったとしても、それは控訴人側の一応の見通しを述べたものに過ぎず、更新を被控訴人に約束したものではなく、これによって被控訴人が更新に対して期待を抱いたとしても、それはあくまで事実上のものに止まるというべきである。

4  被控訴人は、市教委が任用更新をなすに当たって一定の裁量権を有するとしても、それは極めて強い制約の下においてであり、教育の連続性・一貫性からすると、少なくとも一年間は臨時的任用は続けられるべきであって、「更新拒否」をするには解雇に準じた正当理由を必要とするというべきである旨主張する。しかしながら、教育の連続性・一貫性と最低一年間の任用とが当然に結びつくものではないし、臨時的任用について更新するかどうかは、任命権者である市教委の裁量に委ねられているところであり、前記のとおり、本件臨時的任用については、期間とされた六か月の満了によって当然に終了するものであるうえ、公務員の任用については厳格な様式行為が要求されるものであるから、私人間の契約関係に適用されるべき解雇の法理を本件臨時的任用の更新に適用する余地はないというべきである。

5  被控訴人は、本件の事情のもとにおいては、被控訴人は本件臨時的任用期間中の総合成績が不良であることなどの特段の事情のない限り期間更新される筈であるという期待権を有しているところ、控訴人は、被控訴人に右特段の事情がないにもかかわらず期間の更新をしなかったのであるから、右の不作為は不法行為となるとも主張するもののようであるが、先に述べたように、臨時的任用は期間の満了により当然に終了するものであり、期間の更新もまた臨時的任用にほかならず、更新を認めるかどうかは任命権者たる市教委の裁量に委ねられているところであることに徴すると、特段の事情のない限り当然に期間の更新が行われる、というべきものでないことは明らかであり、したがって、期間更新の期待を抱いていたとしても、それが直ちに法的に保護すべきものであるとは言いえず、あくまで事実上のものであるというほかはない。もっとも、期間の更新をしないことが、当該事案における諸般の事情に照らして著しく不当であって、任命権者がその裁量権を逸脱したと認められる特段の事情がある場合には、その行為が全体として違法と評価され不法行為の成立する余地もありうると解されるところ、被控訴人の主張する、被控訴人の教育に賭ける熱意、生徒に対する愛情等に殊更疑問を抱くものではないが、当審証人内山晋夫の証言と弁論の全趣旨によれば、少なくとも勤務校である菊井中学校側(生徒を除いた学校全体)から見た場合、他の教員等に対する協調性の欠如等の指摘がなされており、しかも右の指摘が根拠のない恣意的なものとは認められないのであって、これらの事情に鑑みると、本件任用更新拒否をもって、著しく不当であって任命権者がその裁量権を逸脱したと認められる特段の事情がある場合に当たると評価することはできない。

6  被控訴人は、臨時的任用を例外的なものと限定した公務員法は、公務員(教員)について恣意的な人事からの身分保証を確保することをその目的としているものであり、教員採用については本務採用の原則が貫かれなければならず、毎年大量に採用され一年を通しての職務内容を担当する本務欠員補充教員に対して極めて不透明な(恣意的な)「再任用」という首切りの機会を持つことが法の趣旨に反することは明らかであり、右の事実も、被控訴人の継続任用に対する期待が法的保護の対象となる根拠の一つとなるというべきである旨主張する。確かに、公務員法が、公務員(教員)について恣意的な人事からの身分保証を確保することをその目的の一つとしていることは被控訴人主張のとおりであり、また、前記のとおり、本件臨時的任用制度に幾分無理な点のあったことも否定できないところではある。しかしながら、教員の任用についてどのような方法を採用するかは、教育行政に携わる者の裁量に委ねられている部分も少なくなく、あらゆる場合に教員採用に関する本務採用の原則が貫かれなければならないということは法と実情とを無視した一方的な見解に過ぎず、右の制度自体は地公法及びこれを受けた任用規則に基づくものであって、法律上の根拠のない違法なものということはできない。

7  以上によれば、控訴人に不法行為責任があるとは認められず、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は理由がないことに帰する。

三  よって、これと結論を異にする原判決は、不当であって、本件控訴は理由があるから、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅香恒久 裁判官 林輝 裁判官 鈴木敏之)

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